なお、次のような逸話も伝えられている。1940年代末のある日、ケージはハーバード大学の無響室を訪れた。ケージは「無音」を聴こうとして無響室に入ったが、彼が後に書いたものによれば、彼は『二つの音を聴いた。一つは高く、一つは低かった。エンジニアにそのことを話すと彼は、高いほうは神経系が働いている音で、低いほうは血液が流れている音だと語った。』ケージは無音を体験しようとして入った場所で、なお音を聴いたことに強い印象を受けた。『私が死ぬまで音があるだろう。それらの音は私の死後も続くだろう。だから音楽の将来を恐れる必要はない。』[2]無音の不可能性をみたという認識が、後の「4分33秒」へ彼を導いた。